医師偏在問題への取り組み:日本の医療における新たな道筋
医師不足の声が聞こえる地方と、開業医が増え続ける都市部。この極端な二極化が日本の医療システムに大きな課題を投げかけています。
コーヒーを飲みながら、厚生労働省が最近発表した「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」について、じっくり読み解いてみます。
このパッケージは、単なる対症療法ではなく、日本の医療提供体制の未来を描く重要な指針となっていました。
医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_48023.html
なぜ今、医師偏在対策なのか?
日本の医師数は確かに増加しています。しかし、その分布は極めて不均衡です。
都市部には医師が集中し、地方では医師確保に苦労しています。
また、同じ地域内でも、人気の診療科と医師不足の診療科の差が広がっています。
医師数は増加しているものの、地域間や診療科間での偏在が顕著で、医師少数区域では医療提供体制が脆弱な一方、医師多数区域では外来医師が過剰な状況となっています。
さらに深刻なのは、高齢化や人口減少に伴い、医療需要が地域ごとに大きく変化している点です。
「保険あってサービスなし」という皮肉な状況を防ぐため、国、地方自治体、医療関係者、保険者が一体となった取り組みが求められています。
この対策パッケージは、そんな危機感から生まれたものです。
対策パッケージの基本的な考え方
この複雑な問題に対して、単一のアプローチでは不十分です。対策パッケージでは、次の3つの考え方が柱となっています:
- 総合的なアプローチ:医師偏在は一つの取り組みでは解決できない複雑な問題であり、経済的インセンティブ、地域の医療機関の支え合いの仕組み、医師養成過程を通じた取組など、多角的なアプローチが必要です。
- 全ての世代へのアプローチ:医師の価値観やキャリアパスを考慮し、柔軟な働き方を支援することで、若手だけでなく中堅・シニア世代を含む全ての世代の医師に対策を講じます。
- 地域の実情を踏まえた対策:へき地医療対策を超えて、医師偏在指標や可住地面積あたり医師数、アクセス等を考慮し、支援が必要な地域を明確にした上で対策を実施します。
これらの考え方に基づき、具体的な取り組みを見ていきましょう。
医師確保計画の実効性を高める
重点医師偏在対策支援区域の設定
特に深刻な地域に対策を集中させるため、今後も一定の定住人口が見込まれるものの、人口減少よりも医療機関の減少スピードの方が早い地域などを「重点医師偏在対策支援区域」として設定します。
この区域の選定には、以下の条件のいずれかに該当する地域が候補となります:
- 各都道府県の医師偏在指標が最も低い二次医療圏
- 医師少数県の医師少数区域
- 医師少数区域かつ可住地面積当たりの医師数が少ない二次医療圏(全国下位1/4)
興味深いのは、二次医療圏単位だけでなく、市区町村単位や地区単位での設定も考慮されていることです。
きめ細かな対応が目指されています。
医師偏在是正プランの策定
各都道府県は、医師確保計画の中で「医師偏在是正プラン」を策定します。
このプランでは、重点区域や支援対象医療機関を明確化し、必要な医師数を設定します。
そして、地域医療対策協議会での協議を通じて、実効性のある計画を推進していきます。
策定にあたっては、地域の関係者の意見を広く取り入れ、医療と保険の両面から協議することが重視されています。
地域の医療機関の支え合いを強化する
医師少数区域での勤務経験要件の拡大
病院管理者になるための要件として、対象医療機関に公的医療機関及び国立病院機構・地域医療機能推進機構・労働者健康安全機構の病院を追加し、勤務経験期間を6か月以上から1年以上に延長します。
これにより、より多くの医師が医師不足地域での勤務を経験することになります。ただし、施行に当たっては柔軟な対応も実施されるため、現場の混乱は最小限に抑えられるでしょう。
外来医師過多区域における新規開業規制
都市部への医師集中を抑制するため、都道府県から外来医師過多区域の新規開業希望者に対し、開業6か月前に提供予定の医療機能等の届出を求め、協議の場への参加、地域で不足する医療や医師不足地域での医療の提供の要請を可能とします。
さらに、要請に従わない医療機関に対しては、医療審議会での理由等の説明の求めや勧告・公表、保険医療機関の指定期間の6年から3年等への短縮といった措置が取られます。
これは、一見すると厳しい規制に思えますが、医療資源の適正配分という観点からは必要な施策と言えるでしょう。
保険医療機関の管理者要件の設定
保険医療機関に管理者を設け、2年の臨床研修及び保険医療機関(病院に限る)において3年等保険診療に従事したことを要件とし、責務を課します。
これにより、保険医療機関の質の確保と適切な運営が期待されます。
経済的インセンティブで医師偏在を是正
重点区域での経済支援
医師を医師不足地域に誘導するためには、経済的なインセンティブも重要です。
重点区域における診療所の承継・開業・地域定着支援、派遣医師・従事医師への手当増額、医師の勤務・生活環境改善、派遣元医療機関への支援などが検討されています。
特に興味深いのは、派遣医師・従事医師への手当増額は保険者から広く負担を求め、給付費の中で一体的に捉えるという考え方です。
保険者による効果等の確認も行われます。
全国的なマッチング機能の充実
医師の掘り起こし、マッチング等の全国的なマッチング支援、総合的な診療能力を学び直すためのリカレント教育を推進します。
これは、単に医師を強制的に配置するのではなく、医師のキャリアパスや希望も考慮した上で、医師不足地域とのマッチングを促進する取り組みです。
個人のキャリア形成と地域医療のニーズをバランスよく満たす試みとして注目されます。
都道府県と大学病院の連携強化
都道府県と大学病院等で医師派遣・配置、医学部地域枠、寄附講座等に関する連携パートナーシップ協定の締結を推進します。
大学病院は医師派遣の重要な拠点であり、地方自治体との連携強化により、地域の医師確保につながることが期待されます。
医師養成過程からの取り組み
医学部定員と地域枠の見直し
長期的な医師偏在対策として、医学部臨時定員を地域の医師確保に資する形で適正化し、地域枠学生の受け入れを促進します。
また、2027年度以降の医学部定員の適正化も検討されます。
地域枠の学生が地域医療に定着するための支援も重要視されています。
臨床研修制度の改革
医師少数県で24週以上の研修を実施する広域連携型プログラムを制度化し、令和8年度からの開始を目指します。
若手医師の段階から地域医療に触れる機会を作ることで、将来的な地域医療への関心を高める効果が期待されます。
診療科偏在への対応
外科や産婦人科など、労働負担が大きい診療科への支援を強化し、若手医師が必要とされる診療科を選びやすい環境を整備します。
診療科による医師の偏在も深刻な問題であり、特に労働負担の大きい診療科については、働き方改革と連携した支援が必要です。
実効性を確保するための仕組み
計画だけでは意味がありません。実行され、効果を上げることが重要です。そのため、次のような仕組みが用意されています:
- 効果検証と見直し:医師偏在対策の効果を施行後5年を目途に検証し、効果が不十分な場合、さらなる対策を検討します。
- PDCAサイクルの実施:医師確保計画を3年間のPDCAサイクルで推進し、計画の進捗状況を定期的に評価し、必要に応じて見直します。
- 新たな地域医療構想との連携:2040年度を視野に入れた新たな地域医療構想を策定し、入院、外来、在宅医療を含む包括的な医療提供体制を構築します。
医師偏在対策の未来に向けて
この対策パッケージは、医師偏在という複雑な問題に多角的にアプローチしようとするものです。
短期的な措置と長期的な制度改革を組み合わせ、地域の実情に応じた柔軟な対応を目指しています。
医師偏在の是正には、地域医療の支え合い、経済的インセンティブ、医師養成過程の見直しなど、多角的なアプローチが必要であり、国、地方自治体、医療関係者が協力し、持続可能な医療提供体制を実現するための取り組みを推進することが求められています。
よくある質問
Q: これらの対策はいつから実施されるのですか?
A: 多くの対策は令和6年度(2024年度)から段階的に開始され、令和8年度(2026年度)に医師偏在是正プラン全体が策定・実施される予定です。診療所の承継・開業支援などの緊急的な取組は先行して実施されます。
Q: 重点医師偏在対策支援区域に指定されると、どのような支援が受けられますか?
A: 診療所の承継・開業支援、医師への手当増額、勤務・生活環境の改善支援などが予定されています。具体的な支援内容は、令和8年度予算編成過程で検討されます。
Q: 医師が医師少数区域で働くメリットは何ですか?
A: 経済的インセンティブに加え、キャリア形成上のメリットも考慮されています。医師少数区域での勤務経験は、将来的に病院管理者になるための要件にもなります。また、リカレント教育などのキャリア支援も充実させる予定です。
Q: 外来医師過多区域での開業はできなくなるのですか?
A: 完全に禁止されるわけではありませんが、地域で不足している医療機能の提供などが要請されます。要請に従わない場合には、保険医療機関の指定期間短縮などの措置が取られる可能性があります。
Q: この対策パッケージが成功したかどうかはどのように評価されますか?
A: 施行後5年を目途に効果検証が行われる予定です。また、医師確保計画自体は3年間のPDCAサイクルで評価・見直しが行われます。
私たちに求められること
医師偏在の問題は、医療関係者だけの問題ではありません。私たち一人ひとりが、この問題の重要性を理解し、地域医療を支える意識を持つことが大切です。
また、医療機関の運営者や医師としては、これらの制度変更に前向きに対応し、地域の医療ニーズに応える姿勢が求められるでしょう。
単なる規制強化と捉えるのではなく、日本の医療提供体制の持続可能性を高めるための必要な改革として理解することが重要です。
この対策パッケージの実効性を高めるためには、現場の声を反映させながら柔軟に運用していくことが鍵となります。
現場の医療関係者と行政が緊密に連携し、地域住民を巻き込んだ取り組みが展開されることを期待したいと思います。
地域によって医療資源の格差が広がる現状を変えるには、このような総合的な対策が不可欠です。
すべての国民が住む地域に関わらず適切な医療を受けられる社会を目指して、私たちも考え、行動していけたらと思います。